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東京地方裁判所 平成11年(ワ)5542号 判決 2000年7月04日

原告

鄭冨相

李鍾珦

鄭炳燮

右法定代理人親権者父

鄭冨相

右法定代理人親権者母

李鍾珦

右三名訴訟代理人弁護士

菅原哲朗

日置雅晴

被告

有限会社多摩川教育センター

右代表者代表取締役

濵川喜亘

右訴訟代理人弁護士

井野直幸

原田策司

小林ゆか

主文

一  被告は、原告鄭冨相に対し、金二〇八八万四九二五円及びこれに対する平成八年三月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告李鍾に対し、金四一三九万一四九二円及びこれに対する平成八年三月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告鄭炳燮に対し、金一八七万円及びこれに対する平成八年三月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告らのその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、これを三分し、その二を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

六  この判決は、原告らの勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は、原告鄭冨相に対し、金五三五四万一三三五円及びこれに対する平成八年三月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告李鍾に対し、金九五五九万六四四九円及びこれに対する平成八年三月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告鄭炳燮に対し、金二二四七万六〇四八円及びこれに対する平成八年三月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告らが、その長男である亡鄭炳秀(以下「亡炳秀」という。)及びその次男である原告鄭炳燮(以下「原告炳燮」という。)の兄弟(以下「鄭兄弟」という。)が、被告が主催したスキー教室における夜間のそり遊びに参加した際、そりに乗ったまま崖下に転落して、亡炳秀が死亡し、原告炳燮が重傷を負った事故につき、右そり遊びの実施に関して被告の従業員に過失があったとして、民法七一五条及び七〇九条に基づき、被告に対し、亡炳秀及び原告らが被った損害の賠償(附帯請求は、本件事故発生の日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金)を求める事案である。

二  争いのない事実等

次の事実は、当事者間に争いがないか、又は証拠上容易に認めることができる(証拠等により認定した事実については、その末尾の括弧内に認定に用いた証拠等を掲げた。)。

1  当事者

鄭兄弟は、いずれも被告が主催したスキー教室に参加した児童であり、右スキー教室に参加した当時、亡炳秀は小学五年生(一一歳)、原告炳燮は小学三年生(九歳)であった。

原告鄭冨相(以下「原告冨相」という。)は鄭兄弟の父親、原告李鍾(以下「原告李」という。)は、鄭兄弟の母親である。

被告は、幼児や子供に対する体育指導、スキー教室などを開催すること等を業とする有限会社である。

2  本件スキー教室の実施

(一) 被告は、その従業員(体育部部長)である甲野太郎(以下「甲野」という。)を総括責任者、その従業員(体育部副部長)である乙山次郎(以下「乙山」という。)を企画担当者として、平成八年三月二六日から同月二八日にかけて、児童を対象として、群馬県利根郡片品村尾瀬岩鞍所在の尾瀬岩鞍スキーリゾート(以下「本件スキー場」という。)で春スキー教室(以下「本件スキー教室」という。)を実施することを企画し、参加者を募集した。

(二) 本件スキー教室には、主催者側から甲野、乙山、被告の従業員である金子信宏並びにアルバイト学生等から成る引率者(以下「本件引率者」という。)一一名が引率及び指導に当たった。

本件スキー教室には、鄭兄弟を含む児童三〇名(五歳児から中学生まで)及びその保護者四名が参加した。

(三) 一行の到着日である同年三月二六日の予定は、次のとおりであった(甲二四)。

午後二時〇〇分 宿泊先(ヨシミヤ旅館)に到着

三時〇〇分 スキーの板合わせ、班分け

四時〇〇分 レベルチェック

(参加児童のスキー技術のチェックを行う。)

五時〇〇分 入浴

六時〇〇分 夕食

七時〇〇分 ナイターそり遊びと花火

(四) 鄭兄弟を含む本件スキー教室の参加児童らは、午後三時ころ、宿泊先であるヨシミヤ旅館に到着し、午後四時ころ、本件スキー場のチャレンジAコースゲレンデ(以下「本件ゲレンデ」という。)において、スキーの板合わせを行ったうえ、スキー技術のチェックを受けるため、スキーにより滑走した(甲一五、二四)。

(五) 参加者らは、午後六時ころ、ヨシミヤ旅館の食堂において夕食を取り、その席上において、乙山が参加者らに対し、午後七時から予定されていたナイターそり遊び(以下「本件そり遊び」という。)の集合時間と注意事項を伝えた。前年度の春スキー教室において被告が実施したそり遊びにおいては、その滑走場所は、本件ゲレンデのうち、ヨシミヤ別館の玄関照明及びロッジ杉の木の照明が届く範囲である、ヨシミヤ別館及びロッジ杉の木前とされていたが、本件そり遊びにおいては、甲野及び乙山等本件引率者の間において、滑走場所の範囲について打ち合せがされておらず、乙山は、本件そり遊びの注意事項として、そりで滑走する場所の範囲について何らの指示もしなかった。また、そりが一人乗りであることやブレーキのかけ方等そり遊びについての基本的な事項の説明もしなかった。

3  本件そり遊びの実施

(一) 本件そり遊びに参加する児童らは、午後七時二〇分ころ、ヨシミヤ別館前に集合し、本件引率者に引率されて、本件ゲレンデに到着した。到着後、甲野及び乙山が、本件ゲレンデのヨシミヤ別館北角において、スタッフの注意に従うよう注意しながら児童らにそりを配布した。配布したそりは、ブレーキやハンドル装置のない、一人乗りの簡易そりであった(甲二四、二五)。

(二) 本件引率者は、参加児童らが受け取ったそりで滑走を始める前においても、そりで滑走する場所の範囲について何らの説明をしなかった。また、本件引率者は、前年度に実施したそり遊びの際には、そりで遊ぶ場所の範囲を、本件ゲレンデの東西方向についてはヨシミヤ別館前からロッジ杉の木前にかけて、斜面となっている南北方向については同所から本件ゲレンデ西側に設置してある第一ロマンリフト(以下「リフト」という。)の山麓駅付近までと指定し、右の範囲の四方の角等の雪上に懐中電灯を置き、参加児童らに明確に示したが、本件そり遊びにおいては、右のような措置を取らなかった。また、参加児童らが本件ゲレンデのリフト山麓駅付近よりも上方に行かないよう、監視する人員を配置するなどの措置も取らなかった(甲一七、二四)。

(三) 多くの児童は、本件引率者からそりを受け取ると、本件ゲレンデのうち、ヨシミヤ別館の玄関照明及びロッジ杉の木の照明の光が届いて明るくなっていた、ヨシミヤ別館前及びロッジ杉の木から、リフト山麓駅付近までの範囲で滑走して、そり遊びをしていた(甲一七)。

4  本件事故の発生

(一) 鄭兄弟は、同じ四班に所属する他の五人の児童らとともに、右の範囲を超えて、本件ゲレンデをリフト山麓駅付近より更に上方まで上っていき、午後七時三五分ころ、亡炳秀のそりに二人乗りをして、右の場所から加速した状態で、本件ゲレンデの最下段と本件スキー場第二駐車場の境界付近に設置してあった照明灯の方向に約二三四メートル滑降し、本件ゲレンデの最下段に設置してあった防護ネットを越えて、そこから崖下11.9メートルの右駐車場に転落した(この事故を以下「本件事故」という。)。

(二) 本件事故によって、亡炳秀は、頭部打撲によるくも膜下出血による急性脳腫脹により間もなく死亡し、原告炳燮は、頭部顔面外傷、胸腹部打撲、左中足骨骨折等により、全治二月の傷害を負った(甲五、六)。

(三) 被告の被用者である甲野及び乙山を含む本件引率者は、その過失により本件事故を発生させた。

甲野及び乙山は、本件事故の発生について、業務上過失致死傷の罪により起訴され、平成一一年一月一二日、略式命令により罰金刑に処せられた。

5  本件ゲレンデの状況

(一) 本件ゲレンデは、中級者向けのスキーコースとされており、鄭兄弟が滑走した場所の傾斜角は約一四度である。本件ゲレンデは、南側が最下段となっており、最下段にはゲレンデ区域を表示するオレンジ色のネットが東西にわたって設置してある。ネットの東端脇には、地上からの高さ約一〇メートルの前記照明灯が一基設置されているが、右は設置場所付近を照らしているのみで、夜間の斜面の見通しは極めて悪くなっている。右のネットの南側には、傾斜度三七度、高低差約11.9メートルの斜面があり、斜面の下側が、鄭兄弟が転落した前記駐車場となっている。また、本件ゲレンデはスキー専用のゲレンデであり、そりでの滑走は禁止されていた(甲二、八)。

(二) 本件ゲレンデは、営業時間が午前八時一五分から午後四時四五分となっていて、夜間の営業は行われていない。また、本件ゲレンデの第二駐車場との境界付近に設置されている前記の照明灯のほかは、夜間の照明設備等を備えていない。

したがって、本件そり遊びが実施された際には、多くの児童が滑走していたヨシミヤ別館前からリフト山麓駅付近の範囲までは、ヨシミヤ別館玄関前の照明やロッジ杉の木の照明により明るい状態であったが、右の範囲を超えた場所では、照明がなく、かなり暗い状態となっていた。また、本件そり遊びが実施された当時は、夜間であり、外気が冷え込んでいたため、本件ゲレンデは雪面が凍結してアイスバーンのような状態となっており、極めて滑りやすくなっていた(甲一八、二一)。

6  相続

亡炳秀の国籍は、韓国であり、原告らは、亡炳秀の本国法である韓国法に基づき、遺産分割の協議により、亡炳秀の右逸失利益及び慰謝料についての損害賠償請求権の三割を原告冨相が、その七割を原告李がそれぞれ相続した(甲二七、弁論の全趣旨)。

第三  争点及びこれに関する当事者の主張

1  被告の過失の内容

(原告の主張)

本件引率者には、本件スキー教室の一環として行われた本件そり遊びを実施するについて、参加者らが安全に行うことができるよう配慮する義務がある。

そして、本件引率者は、そり遊びを夜間に実施するに当たっては、見通しが悪いうえ、気温の低下によりゲレンデの雪面が凍結して滑りやすくなるため、夜間照明設備を有するゲレンデを使用するべきであった。また、そりはスキーよりも制動がかけにくいため、そりが止まりきれない場合を考えて、児童らが滑走する可能性のあるゲレンデの下見を行い、危険がないことを確認すべきであった。そして、本件ゲレンデは、そりでの滑走が禁止されているうえ、平均斜度は一五度程度とそり遊びをするには傾斜が強く、コース終点の付近に平坦な減速場所がなく、そりで滑走すると速度が出てゲレンデ外に飛び出し、本件スキー場第二駐車場に転落する危険があるなど、そり遊びに適するものではなかった。また、本件ゲレンデでそり遊びを実施するとしても、本件引率者らは、右のような危険を防止するため、児童らの滑走場所や滑走速度を制限する等の措置を講じて、そりが本件ゲレンデの外に飛び出さないようにするべきであった。

しかしながら、本件引率者は、右のような下見を行うことなく、夜間照明設備を有しない本件ゲレンデでそり遊びを実施することとし、そりが本件ゲレンデ外に飛び出して転落する危険があることを容易に予見できたにもかかわらず、児童らに対し、そりで滑走する範囲を限定する旨の指示や、そりの操作についての具体的な注意等をすることなく、本件ゲレンデにおいて漫然とそり遊びを行わせ、その結果、本件事故が発生した。よって、本件引率者には、本件事故の発生について右のような過失があるというべきである。

(被告の主張)

被告は、本件そり遊びの実施に当たり、過失にもそり遊びを実施した経験のある本件ゲレンデを選定し、児童らが滑走する範囲を、右のうちヨシミヤ別館前からロッジ杉の木前に限定した。加えて、児童らに対し、本件そり遊びの注意として、そりが止まらないこともあるので気をつけること、早目にブレーキをかけること等をあらかじめ伝えたうえ、本件ゲレンデの上方に、児童らが右の滑走範囲を越えて本件ゲレンデを上っていかないよう監視する人員を配置するなどの措置を取り、児童らが本件そり遊びを安全に実施できるよう十分に配慮していた。

しかしながら、本件引率者は、参加児童らに対し、本件そり遊びにおいて滑走する範囲を右のとおり限定する旨を伝えなかったものであり、これが本件事故の発生について過失を構成することについては争わない。

2  損害の額

(原告の主張)

(一) 原告冨相及び原告李について

(1) 亡炳秀の逸失利益

亡炳秀は、本件事故の当時一一歳の男子であり、将来、原告冨相が専務取締役を務める同族経営の会社である三敬金属株式会社の経営者に就任して、少なくとも一八歳から六七歳までは、平均的な男子労働者の年収である五六七万一六〇〇円以上の収入を得ることが可能であった。そして、右の金額から、生活費として右の金額の四〇パーセントに相当する金額を控除し、昨今の低金利に鑑みて、年三分の割合による中間利息をライプニッツ方式(ライプニッツ係数は19.2714)によって控除すると、亡炳秀の逸失利益は、六五五七万九八〇三円となる。

(2) 慰謝料

(ア) 亡炳秀の慰謝料

亡炳秀は、本件事故により崖から転落するという恐怖の体験をし、全身打撲による苦痛を被り、これから人生が開けるという時期にその将来を奪われた。亡炳秀が被った精神的苦痛に対する慰謝料の額は、三〇〇〇万円を下らない。

(イ) 原告冨相及び原告李の固有の慰謝料

原告冨相及び原告李は、本件事故により、長男である亡炳秀が死亡し、次男である原告炳燮が受傷したことによって、著しい精神的苦痛を受けた。右の精神的苦痛を慰謝するための慰謝料は、少なくともそれぞれにつき二〇〇〇万円が相当である。

(3) 弁護士費用

原告冨相及び原告李は、原告訴訟代理人との間で、本件訴訟の提起及び追行について訴訟委任契約を締結し、その報酬として本件認容額の一〇パーセントを支払う旨の合意をした。

(二) 原告炳燮について

(1) 逸失利益

原告炳燮には、本件事故における受傷によって、足底の長さが右足より一センチメートル短縮し、第二趾と第三趾が重なる後遺障害の症状が固定した。右の後遺障害は、一足の第二の足指を含む二の足指の用を廃した場合に準じる状態というべきであり、労働者災害補償保険障害等級一三級に該当するから、原告炳燮は、右の後遺障害により九パーセントの労働能力を喪失したというべきである。また、原告炳燮は、本件事故当時、九歳の健康な男子であり、少なくとも一八歳から六七歳までの四九年間、平均的な男子労働者の年収である五六七万一六〇〇円の収入を得ることが可能であった。

よって、右の額の九パーセントに相当する金額から、昨今の低金利に鑑みて、年三分の割合による中間利息をライプニッツ方式によって控除すると、原告炳燮の後遺障害による逸失利益は、九〇四万二七七一円となる。

(2) 慰謝料

(ア) 後遺障害に対する慰謝料

原告炳燮には、本件事故によって、前記のとおり労働者災害補償保険障害等級一三級に該当する後遺障害の症状が固定したものであるから、これによる原告炳燮の精神的苦痛に対する慰謝料の額は、一三九万円が相当である。

(イ) 入通院及び兄の死亡に対する慰謝料

原告炳燮は、本件事故によって、崖から転落するという恐怖を味わうとともに、受傷により、三三日間の入院と実日数三日間の通院を余儀なくされた。また、原告炳燮は、そりに同乗していた兄の亡炳秀が死亡するという事態を目の前にして、極めて強い衝撃を受けた。以上により原告炳燮が被った精神的苦痛に対する慰謝料の額は、一〇〇〇万円を下るものではない。

(3) 弁護士費用

原告炳燮は、原告訴訟代理人との間で、本件訴訟の提起及び追行についての訴訟委任契約を締結し、報酬として本訴認容額の一〇パーセントを支払う旨の合意をした。

(被告の主張)

(一) 原告冨相及び原告李について

(1) 亡炳秀の逸失利益

亡炳秀の生活費の割合は、経験則に照らして、五〇パーセントとするのが相当である。また、中間利息の控除に当たっては、その利率は一般に年五分とされており、現在の低金利状態が継続するとの原告の主張には必ずしも合理性がないから、年五分の中間利息をライプニッツ方式により控除すべきである。

(2) 慰謝料

本件事故による慰謝料は、亡炳秀が多大な精神的苦痛を受けたことを斟酌しても、亡炳秀の精神的損害に対する慰謝料並びに原告冨相及び原告李の精神的損害に対する慰謝料を併せて、二〇〇〇万円とするのが相当である。

(二) 原告炳燮について

(1) 逸失利益

原告の主張する原告炳燮の後遺障害は、左第一趾、第二趾短縮及び左第二趾と第三趾が重なる傾向にあるというにすぎないから、労働者災害補償保険障害等級一三級に該当し、又はこれに準ずる状態にあるものとはいえず、右の後遺障害により、原告炳燮が労働能力を喪失したとはいえない。

(2) 慰謝料

(ア) 後遺障害に対する慰謝料

前記のとおり、原告炳燮には、本件事故によって労働者災害補償保険障害等級一三級に該当する後遺障害があるとはいえず、後遺障害に対する慰謝料は認められない。

(イ) 入通院及び兄の死亡に対する慰謝料

原告炳燮の入通院状況に照らせば、五〇万円が相当である。また、兄の死亡に対する慰謝料は認められない。

3  過失相殺

(被告の主張)

本件事故の当時、亡炳秀は一一歳、原告炳燮は九歳であり、いずれも夜間に急な斜面をそりで滑走することの危険性を認識して行動する能力を有していた。しかしながら、鄭兄弟は、大半の児童が本件ゲレンデの斜面の下方でそり遊びをしている状況を認識し、本件引率者に「あまり上に行ってはだめだよ。」と注意され、他の児童からも「怖いからもう止めよう。」と注意されたにもかかわらず、自ら率先して本件ゲレンデを上方まで上り、加速による危険が大きい二人乗りをした状態で、そりに乗って本件引率者のいる場所とは異なる方向に滑走し、スピードが出過ぎた場合にはそりから両足を出してブレーキをかける等の適切な処置を行わなかったものである。したがって、本件事故の発生については、鄭兄弟にも過失がある。

(原告の主張)

鄭兄弟は、本件そり遊びの当時、そり遊びの経験が乏しく、事前に本件ゲレンデの状況を見る機会もなく、本件引率者から本件ゲレンデの状況や滑走範囲、そり遊びの際の注意点について説明を受けることもなかったのであるから、本件ゲレンデの上方から滑れば転落事故につながる可能性を予見できなかったものであり、本件事故の発生につき過失はない。

第四  争点に対する判断

一  争点1(被告の過失の内容)について

前記認定事実によれば、本件ゲレンデは、鄭兄弟が本件事故発生の直前に滑走した傾斜角約一四度の斜面を含む中級者用のスキーコースであり、本件事故発生当時、本件ゲレンデは夜間の外気温の低下により雪面が凍結してアイスバーンのような状態になり、滑りやすくなっており、本件ゲレンデの最下段は高低差約11.9メートルの崖となっていた、右部分から転落する等のおそれがあったうえ、ヨシミヤ別館玄関前の照明とロッジ杉の木の照明による光は、ヨシミヤ別館の前からリフト山麓駅の範囲までしか届かず、右の範囲を越えるとかなり暗く、極めて見通しが悪くなっていたものである。さらに、本件スキー教室の参加者は五歳から中学生までの児童であり、一般に小学生以下の児童は突発的な行動を取りやすく、そりの滑走による危険についての認識や判断能力が十分でないから、本件引率者としては、本件ゲレンデでそり遊びを実施するに当たっては、前年度のスキー教室におけるのと同様に、そりで滑走する範囲を傾斜の緩い場所であるヨシミヤ別館の前からリフト山麓駅までの範囲に限定し、これを児童らに明確に指示するとともに、現場においても右の範囲を雪上に見やすい標識等を設置するなどして示し、かつ、児童らが右の範囲を超えてリフト山麓駅付近よりも上方に行かないよう、監視する人員を配置する等の措置を講じ、もってそりの滑走による不測の事故の発生を未然に防止すべき注意義務があったものというべきである。

しかしながら、本件引率者は、そりで滑走する範囲を右のように限定して児童らに指示することをせず、参加児童らが本件ゲレンデのリフト山麓駅付近よりも上方に行かないよう、監視する人員を配置するなどの措置を何ら取ることなく、右のような危険のある本件ゲレンデにおいて漫然と参加児童らにそり遊びを行わせたものであるから、本件引率者には、右の注意義務を怠った過失があるものというべきである。

二  争点2(損害)について

1  亡炳秀の死亡による損害

(一) 逸失利益

亡炳秀は、死亡時、一一歳の男子であり、一八歳から六七歳までの四九年間就労可能であったと考えられ、右就労可能期間中の亡炳秀の逸失利益算定の基礎となる収入は、同人が死亡した平成八年の賃金センサス(男子労働者の産業計・企業規模計・学歴計の平均賃金)によれば、年収五六七万一六〇〇円であると認められる。

そして、その間の生活費は五〇パーセントとするのが相当であるから、生活費として右の割合を控除し、さらに、中間利息については年五分の割合による中間利息をライプニッツ方式(ライプニッツ係数は12.9122)により控除することが相当である(その利率については、民法所定の年五分によるのが相当であると認める。)から、これにより中間利息を控除すると、亡炳秀の逸失利益は三六六一万六四一七円となる。

(計算式)

567万1600×0.5×(18.6985−5.7863)

(二) 慰謝料

証拠(甲二七、二八、原告冨相本人、原告李本人)及び弁論の全趣旨によれば、亡炳秀の両親である原告冨相及び原告李は、いずれもその将来を期待し愛情を注いでいた亡炳秀の本件事故による不慮の死によって、著しい精神的打撃を受けたことが認められる。

亡炳秀及び原告らの精神的苦痛に対する慰謝料の額は、本件事故の態様その他本件に関する諸般の事情を勘案すると、亡炳秀について一〇〇〇万円、原告冨相及び原告李について各自五〇〇万円とするのが相当である。

なお、亡炳秀の死亡に対する原告炳燮の慰謝料については、民法七一一条の規定の趣旨及び本件事案の内容等に照らし、これを認めることはできない。

(三) 相続

原告冨相は、亡炳秀の右逸失利益及び慰謝料についての損害賠償請求権の三割を、原告李はその七割をそれぞれ相続した。

2  原告炳燮の受傷による損害

(一) 後遺障害による逸失利益

原告炳燮は、本件事故により、左足底の長さが右足より一センチメートル短縮し、第二趾と第三趾とが重なる後遺障害の症状が固定したと主張し、右の後遺障害は、労働者災害補償保険障害等級一三級に該当するとして、九パーセントの労働能力を喪失したと主張する。

そこで、これについて判断するに、証拠(甲二六、二九、乙九、原告李本人)によれば、原告炳燮には、本件事故により足底長に一センチメートルの差ができ、左第一趾、第二趾中足骨が一センチメートル短縮変形するという症状が後遺障害として固定したことが認められるものの、右の障害による具体的な症状としては、現在のところ、左第二趾、第三趾が重なる傾向にあるというものであり、運動制限はあるものの、歩いたり運動したりする際に支障はないというものであるから、足指に著しい運動障害が残っているものと認めるには足りない。したがって、原告炳燮の後遺障害は前記等級の一三級にいう第二の足指を含み二の足指の用を廃した状態又はこれに準ずる状態にあるとはいえず、右の障害により労働能力を喪失したとは未だ認めることはできず、他に右後遺障害により労働能力を喪失したことを認めるに足りる証拠はない。

以上によれば、原告炳燮主張の後遺障害による逸失利益は、これを認めることができない。

(二) 後遺障害に対する慰謝料

原告炳燮には、右(一)で認定したとおりの症状が後遺障害として固定したものであり、証拠(甲二九)によれば、右の後遺障害により、左第二趾、第三趾が重なる傾向となり、第二趾が上になって、靴の中で当たって痛む症状が発生しているほか、右の短縮変形は、悪化する可能性を残していることが認められる。右の事実に照らすと、右の後遺障害による原告炳燮の精神的苦痛に対する慰謝料は、八〇万円と認めるのが相当である。

(三) 入通院に対する慰謝料

証拠(甲六、二九)によれば、原告炳燮は本件事故における受傷の治療のため、三二日間の入院及び約六月半の通院(実日数三日)を余儀なくされたことが認められる。

右の受傷による原告炳燮の精神的苦痛に対する慰謝料の額は、受傷の内容及びその程度並びに入通院期間及び通院実日数に照らすと、九〇万円と認めるのが相当である。

なお、原告炳燮の受傷による原告冨相及び原告李の固有の慰謝料については、原告冨相及び原告李が原告炳燮の受傷により精神的苦痛を受けることがあったとしても、原告炳燮の受傷の内容及びその程度に照らすと、右苦痛は、原告炳燮が慰謝料の支払を受けることによって慰謝されるべきものであるから、これを認めることはできない。

3  小計

右1及び2を合計した金額は、原告冨相につき一八九八万四九二五円、原告李につき三七六三万一四九二円、原告炳燮につき一七〇万円となる。

三  争点3(過失相殺)について

被告は、本件事故の発生について鄭兄弟にも過失があり、損害額の算定に当たってはこれを斟酌すべきであると主張するので、以下、これについて判断する。

1  証拠(甲二、四、一五、一八、二〇、二一)によれば、次の事実が認められる。

(一) 鄭兄弟は、本件事故発生の前年である平成七年に被告が主催した冬のスキー教室に参加した経験があるが、そり遊びの経験としては亡炳秀において、四歳の時にホテルの斜面に一度行ったことがある程度であった。

(二) 亡炳秀は、本件スキー場へ向かうバスの中で、原告炳燮に対して「そり遊びは上の方から滑るんだ。」と述べたほか、ヨシミヤ旅館の食堂において、鄭兄弟が所属していた四班の全員で夕食を取っていた際、「上の方まで行ってみよう。」と発言した。右の席において、鄭兄弟を含む四班の児童七人は、本件そり遊びの際、本件ゲレンデの斜面の上の方へ登ってから滑り出すことを相談した。

(三) 本件引率者の一名は、鄭兄弟を含む児童七人が本件ゲレンデのリフト山麓駅から数えて三番目のリフト支柱の東方の本件ゲレンデ中段付近にいて、さらに上方に登って行くのを認め、「あまり上に行くと危ないよ。」と声を掛けたが、右児童らは、そのまま行動を続け、一方、右引率者も、右児童らの行動をそのまま放置し、これを安全な場所に連れ戻すなどの措置を取らなかった。

(四) 右の児童らのうち一人は、本件ゲレンデを上る途中、周囲の暗さのため「怖いからもう止めよう。」と言ったが、右の児童らは、前記の位置からやや上方まで上ると、東方に向けて斜面に対して平行に歩いて停止した。原告炳燮は、斜面を上る際、持っていたそりを手放して斜面の下方に流してしまっていたため、亡炳秀は「一緒に乗って滑ろう。」と言い、鄭兄弟はそりに二人乗りをして、本件ゲレンデと駐車場の境界に設置してある前記照明灯の方向に向けて滑走し、本件事故が発生するに至った。

(五) 鄭兄弟とともに斜面を上った小学五年生の児童は、鄭兄弟が滑走した直後に、同じ方向に向けて、鄭兄弟が滑り出した位置よりもやや上方から滑走した。その際、右児童は、滑走中スピードが出すぎたことから、そりから両足を出して雪面に接触させ、これによりブレーキをかけながら滑走した。

2  右認定の事実によれば、鄭兄弟は、本件事故の発生直前、高速で滑るために意識的に本件ゲレンデの斜面の上の方へ登って滑り出したものであり、また、一人乗りのそりに二人乗りしたものであって、これらの行動も本件事故の発生に寄与していたことが認められる。しかしながら、前記第二の二2ないし5で認定した事実によれば、鄭兄弟は、本件引率者から、そりが一人乗りであることやブレーキのかけ方等のそり遊びにおける基本的な知識や、雪面が凍結していて滑りやすく、下に崖がある等の本件ゲレンデの危険な状態について何らの情報提供も受けていなかったものである。他方で、本件引率者には、前記一において判示したとおり、本件事故発生当時、本件ゲレンデがそり遊びをする児童らにとって極めて危険な状況にあったものであったにもかかわらず、そりで滑走する範囲を限定して児童らにこれを指示することをせず、監視する人員を配置するなどの措置を何ら取ることなく、本件ゲレンデにおいて漫然と参加児童らにそり遊びを行わせたという重大な過失があるのであって、右の諸点に被告が児童を対象とするスキー教室を開催すること等を業とする会社であり、本件引率者はその従業員等であること、鄭兄弟は、その年齢や経験に照らしそりの滑走による危険についての認識や判断能力が十分でないと考えられ、被告及び本件引率者としては、この点を十分考慮に入れたうえで本件そり遊びの実施について児童の安全確保のための万全の方策を講ずべきであることをも考慮すれば、鄭兄弟の前記行動について過失相殺における過失があるものと評価し、損害賠償額の算定についてこれを斟酌するのは相当ではないものというべきである。

以上によれば、過失相殺に関する被告の主張は、採用することができない。

四  弁護士費用

本件事案の内容、認容額等を総合すれば、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用の額は、原告冨相につき一九〇万円、原告李につき三七六万円、原告炳燮につき一七万円であると認めるのが相当である。

五  結論

以上によれば、原告らの請求は、被告に対し、原告冨相については二〇八八万四九二五円、原告李については四一三九万一四九二円、原告炳燮については一八七万円及びこれらに対する本件事故発生の日である平成八年三月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容することとし、その余は理由がないからこれを棄却することとする。

(裁判長裁判官柳田幸三 裁判官中川正充 裁判官大門香織)

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